ずっと思っていました。
大学へ行ってみたかった。
もっと勉強してみたかった。
でも無理・・・。だって・・・。
本当は違いました。
経済的な理由でも、家庭の事情でもなかったのです。
自分に自信がなかったのです。
外へ出て、新しい環境に飛び込み、そこで自分がきちんとやっていけると思えなかったのです。
結婚して子どもが生まれてからは、家庭を守ることを第一に生きてきました。
それでよかったと思っています。
もし自分のことばかり優先していたら、きっと後悔していたでしょう。
けれど心のどこかで、ずっと小さな声が聞こえていました。
「本当にこのままでいいの?」
その小さな声だけは、何十年経っても心の奥から消えることはありませんでした。

自分のためだけでは、動けなかった
大学へ行くには年を取り過ぎていると思っていました。
振り返れば、きっかけは何度もあったはずでした。
子どもがある程度大きくなり、少しずつ手が離れてきた頃。
あるいは子どもたちが家を出て、自分の時間が持てるようになった頃。
けれど結局、思い切ることができませんでした。
「今さら何をするの?」
そんなふうに自分で自分を押さえ込んでいたのです。
若い人たちに囲まれて、自分がその中に入っていく姿をどうしても想像できませんでした。
でも、シニア向けの学びなら……。
同じように人生の後半に差しかかった人たちの中なら、
もしかしたら自分もやっていけるかもしれない。
そう思って、ようやく一歩を踏み出しました。
それでも私は、自分のためだけでは動けませんでした。
娘の出産を手伝うために東京へ行く。
そのついでに、せっかくだから勉強してみよう。
そんな第二の理由を作らなければ、自分を奮い立たせることができなかったのです。
今思えば、何とも情けない話です。
けれど当時の私は、それほどまでに自分に自信がありませんでした。
そうして私はようやく、立教セカンドステージ大学への扉を開くことになったのです。

このままでは終われなかった
立教での生活は、多くの学びがあった反面、大きな挫折もありました。
当初私は、シニア向けの学びなら何とかやっていけるだろうと、どこかで安心していました。
けれどそんな安易な考えは、あっけなく崩れました。
私はそこで初めて、自分の力のなさを思い知らされることになったのです。
このままでは、本当に情けないまま人生を終えてしまう。
そんな思いに駆られ、必死で周りについていこうとしていた日々を今でも覚えています。
そして私は気づきました。
自分には、まだ勉強が足りない。
もっと本気で学んでみたい。
立教で自分の無力さを感じたからこそ、次はもっと深く学びたいと思うようになったのです。
そうして私は通信制大学へ進むことを決めました。
けれどそこでも私は、正規の大学ではなく通信制を選びました。
少しでも今の生活に影響の少ない形で。
今思えば、ここでも私はまだ自分に自信が持てなかったのだと思います。
けれど一方で、それは自信のなさだけではありませんでした。
自分の年齢や置かれている立場を考えた上で、自分にできる現実的な選択をした――。
それもまた、当時の私なりの精一杯の判断だったのだと思っています。

本当に欲しかったもの
私は長い間、「大学へ行けなかった自分」に劣等感を抱いていました。
だからずっと、大学という場所にどこか憧れを持ち続けていたのだと思います。
でも実際に学び始めて、私はようやく気づきました。
欲しかったのは、大学という肩書きではなかったのです。
私が求めていたのは、知ることの楽しさであり、考えることそのものの喜びでした。
新しい世界に触れることで、自分の人生にもう一度色が戻っていく。
そんな感覚を初めて味わうことができました。
年齢や周囲の目を気にして、自分で自分を小さくして生きてきた時間を思うと、
もっと早く気づけていたらと思うこともあります。
けれど同時に、今からでももう一度人生を生き直すことができるのではないかと考えるようになりました。
長い間抱えていた「大学への憧れ」は、実は小さなプライドに過ぎなかったのです。

自分で道を選んだ
結局私は、最後まで大学での学びを続けることはできませんでした。
あれほど悩み、苦しみ、ようやく踏み出した一歩だったにもかかわらず、
最後にまた自分の力のなさを思い知らされることになりました。
けれどその代わりに、私は別の大切なものを見つけることができました。
私はずっと、自分の外側に答えを探していました。
もっと学べば何かが変わるかもしれない。
大学へ行けば足りない何かを埋められるかもしれない。
そう思っていたのです。
でも本当に進むべき道は、ずっともっと近くにありました。
あまりにも近すぎて、自分では見えていなかっただけだったのです。
人生の終盤にきて、大学へ入学したことで、私はたくさんの「自分で決める」という経験をしました。
何も変えず、これまで通りの日々を送ることもできたはずです。
けれど私は、自分で決めて大学へ入り、そして自分で決めて退学するという道を選びました。
今でも、あの決断は本当に正しかったのだろうかと思う夜があります。
けれど人生の残り時間は、もう迷い続けるためにあるのではありません。
自分で決めたこの道を、これでよかったと思えるように生きていく。
今の私には、それが何より大切なのだと思っています。

この時間を、一冊の本にしました
この数年間の学びは、単に大学へ通った記録ではありません。
自信がなかった私が、自分で決め、自分で選び、
自分の人生をもう一度歩き直そうとした時間でした。
その過程を、一冊の本にまとめました。
もし今、
「何か始めたいけれど勇気が出ない」
「学び直してみたいけれど、一歩が踏み出せない」
そんな思いを抱えている方がいたら、
この本の中に、小さなきっかけを見つけてもらえたなら。
そんな一冊です。

『シニア大から通信大へ|その先で見つけた「自分という場所」』

ではまた♪


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