はじめに
美しい布や毛糸、画材。
手芸や創作を愛する人なら誰しも、心を奪われる素材に出会い、
大切に集めた経験があるでしょう。
しかし、その「大切なもの」ほどハサミを入れるのをためらい、
ただ棚に並べて眺めているだけ…ということも少なくありません。
この、作り手ならではのジレンマは、一体どこから来るのでしょうか。
そんな創作にまつわる心の機微を、私の愛してやまない布~リバティ~の端布(笑´∀`)
この向き合い方などを以前の記事を参考に考えてみました。
思ったことをつらつらと書いていただけでしたが、少し日を置いて読んでみると
まあまあいいこと言ってるやん💧
まあだいたいこんな感じでしょ(*^_^*)と
だいたい3つの視点から考えてみました。

3つの意外な発見
1 大切な布ほど使えない。「ハギレ」から始める心の整え方
多くの作り手が共感するであろう
「大切な布ほど使えない」という心理です。
「えーこれいったい何を作ったらいいのだろうか???????」
夢だったリバティプリントのコレクションを前にした率直な感想です。
「年を取ったら、これらを使っていろいろ作りたい」という夢が、あるのですが・・・
それは、もうすでに「今」であるという事実。
年を取ったら、これらを使っていろいろ作りたいな・・・
それが夢だけど もうすでに年を取っているじゃない!と気付き(・´з`・)
この「いつか使おう」という気持ち。
でももう今使わないといつ使うんだ?と自分に突っ込んでしまいました。
まっさらな素材が持つ「無限の可能性」を、完成形にしたくない!という
無意識の抵抗なのかもしれません。
素材への愛着が強すぎるゆえに、特別なものとして「聖域化」してしまう、
作り手特有の心理傾向なのです・・・・・・たぶん。
結果として、大切に保管された布ではなく、
まず「ハギレを処理したい」という気持ちが強くなる(笑´∀`)
しかし!
このハギレの活用こそが、
心を整えるための大切な時間なのです。
小さな布を使い切る達成感と、無心で手を動かす行為が、
日々の暮らしの中でセラピーのように機能するとは思いませんか?
端布が使いきれた時は、とても気分がよくなります
特に、何か嫌な事や落ち込むことがあったりした時は、いい癒しになります。
創作が単なる趣味活動ではなく、
日常の喜びと心のバランスをとるための、深く人間的な営みではないかとも思うのです。
2 「完成した瞬間に興味が薄れる」は、創作あるある
二つ目の発見は、作り手としての告白。
それは、「作る過程」そのものに最大の喜びがあり、
完成品への執着は意外なほど薄い、ということ。
作りはじめはそれこそはりきって、集中して仕上げるのですが
仕上がった瞬間興味が薄れるといいますか、使う気がなくなるといいますか(・o・)
これは割とあるあるなのだとも思います(私だけか???)
この感覚は一度きりのものではありません。
エプロンを作っている最中にも、
「もしかしたら着ないかも・・・」
そして、仕上がる頃には、着たい欲がどんどん下がっていきました・・・。
もちろんはじめは使うつもりだったり着ようと思っているんですよ、純粋に。
だから、小物から洋服まで、作るものの大小にかかわらず現れるこの感情は、
創作における本質的な部分なのでは?とも思うのです。
つい、完成品の出来栄えや実用性に価値を置きがちですが、
創作の本当の価値は「作る時間」そのものにある、と思いませんか?
手を動かすという行為が、マインドフルネスにも似た価値を生み出してるんじゃないなぁ。
結果ではなく、過程を楽しむだけだっていい。
それこそが、創作活動を長く豊かに続ける秘訣なのかもしれません。
3 「エシカル消費」は完璧じゃなくていい。「できる事をできる範囲で」の心地よさ
三つ目の発見は、サステナビリティという大きなテーマについてです。
雑誌で「エシカル消費」という言葉に出会い、
それを自分なりに「無駄をなくすようにする」ことだと解釈しました。
かつて布が貴重だった時代に、
どんな小さな布も大切にはぎ合わせて使ったパッチワークの精神に通じるものがあります。
といっても何事もやり過ぎは禁物です…
気の向いた時だけ、エコエコ~と言っているだけで偉そうに言えませんが
できる事をできる範囲 で・・・ということでしょうか。
「こうあるべき」という気持ちになったとたん、
それはまた別のものになってしまうように思います。
「エシカル」や「SDGs」といった大きな言葉を、
大上段に構えるのではなく、
自分の趣味の中で「できる事をできる範囲で」実践する。
ハギレを使い切る、今ある布で工夫する。
しなやかで現実的な向き合い方に
心地よく続けられるサステナビリティの形があるのではないでしょうかね。
まとめ
大切な布を使えないからこそハギレから手をつけること。
完成品よりも作る過程そのものに喜びを見出すこと。
そして、その二つから自然に生まれる、
完璧を目指さない心地よいサステナビリティの実践。
これらは、手芸や創作が単なる「ものづくり」ではなく、
私たちの暮らしに深くつながっているもののように思います。
とはいえ、私のリバティ専用ケースの中には、
また手付かずの真新しい生地がぐっすりと眠ったままで
じっと出番を待っています。
眠らせ続けたせいで、出すタイミングを完全に失っている・・・今日この頃です。






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